隣室の修行僧のアドバイスは、学校で授業を受ける以上に勉強になった。そもそも学ぶ、習うという行為は、目的に向かって努力することだ。でもただやみくもに努力すればいいというものではないと思う。学び方は主に3つあると思われる。
まず、学習者の主体的な勉強の仕方だ。これは学習の基本姿勢であろう。2つ目は、先生との対話的な学習だと思う。主体的な学習を継続できている生徒を「対話」という方法でさらに上の段階に押し上げる学習のことだ。そして3つ目は、学習者の深い学習、限りなく研究に近い学習だ。
このお寺に来る前は、主体的な学習方法をとことん進めて努力さえすれば何とかなるだろうと考えていた。でもそれだけではダメだということもこの数か月で気づいた。気づけたのは指導者からの「対話」であった。主体的な勉強は確かに大事だ。でも井の中の蛙、大海を知らず。このお寺に来てからは、隣室の修行僧が指南役として「対話」で気づかせてくれた。ありがたかった。
お盆まであと2週間、自分の将来を切り開く強い志を掲げて、自分のこれからやりたい事、したい事を紙面にまとめ上げていくぞ!と心に誓った。
何を目指すのか、何に挑戦するのか?
チャレンジャーであるという気概を忘れずに緊張感のある2週間を過ごした。
(つづく)